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by bb_fez

脊髄反射

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/995674.html

差別発言は「発言内容が明確化され、誰でも差別だとはっきり認識できる」場合を除き、差別である可能性を持ち出し提唱すべきではない。

そもそも発言や行動が差別であると定義づけするのは原則当事者のみであり、第3者が口を挟んで議論することは当事者に利益が生じず、むしろ不利益になる事もありうる。
それによって「差別かどうか」という意識を周りが持つようになり、「別になんとも思わなかった」人までもがくだらない思想に囚われ、意識するようになる。
そういった意識が新たな差別に繋がる可能性も十分にありうる。

差別をなくす為には、根本的な差別意識を消去すると同時に差別問題を極力提唱せず「それが差別かもしれない」という意識を持たない事にある。




クラスの中に一人、地味な生徒がいます。
ある生徒が「お前もうちょっと身だしなみに気を使ったら?」と言ったところ
もう一人が「お前、地味だからってそんなこと言うのはかわいそうだろ。」

この生徒を地味だと思った人は何人か答えても利益になることはない。
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by bb_fez | 2007-06-27 16:44 | 戯言